まめはな雑記

台湾迷の日本人による、旅行記、読書録、その他メモ。台湾以外のネタも少々含みます。

【読書録】彼岸花が咲く島

今回読んだ本は『彼岸花が咲く島』。第165回芥川賞受賞作品。

これまで、芥川賞直木賞だからその本を読もうと思ったことはなかったが、台湾ご出身の作家さんがかかれた作品ということで、購入。

bookmeter.com

読む前の印象(思い込み)

島=孤立した場所、彼岸花=なんとなく悲しいイメージ、があったことからホラーなのか、血したたるお話なのかと身構えていたが、いい意味でそんなことはなかった。

ストーリー全体の雰囲気はゆったりしているが、それは歴史を知らざる者のみが感じることができる雰囲気なのかなと感じた。

概要

謎の<島>に流れ着いた主人公は、その島の統治を行う「ノロ」目指す少女に助けられる。ノロは島の歴史を担い、専用の言語を操るが、女性のみが務められる職業(身分?)である。主人公は少女とともに「ノロ」になることを決意し、言葉を勉強するようになるが、同時に「ノロ」の役割や自分が流れてきたもとの場所に疑問を抱くようになる。

感想(一部ネタバレ)

家族感も男女の感覚も日本と異なる設定で、言葉も日本語と台湾華語が混ざったような不思議な感じ。この不思議な感覚によって、読者は主人公(=流れ着いた<島>のことがよくわからない、言葉もわかるようでわからない)と同じ目線でストーリーを追えている気がした。ちなみに、女性しか使用が許されない専用の言語は、現代の日本語に近い。

「そんな可能、どこに有するラ!」と游娜が抗議した。 「こら、〈ニホン語〉に戻ってるよ。〈女語〉で言い直してみな」と拓慈が促した。 「そんな可能性、あるわけないでしょ?」と游娜が言った。

2つの疑問

この物語を読み進めるにつれて大きくなるのが2つの疑問。
※いずれも最後に明らかになる。

  1. なぜ「ノロ」になれるのは女性だけなのか
  2. 主人公はどこからやってきたのか

まず「ノロ」というのは<島>とそこに住む人を守る立場「伝統的に」女性のみがなることが許される。ノロは複数人いて(一人ではない)、一定年齢に達した希望女性のうち、試験に合格した者のみがなることができる。さらにノロの中でも位が高い人物は「大ノロ」と呼ばれる。読んだ印象だと「ノロ」は日本の天皇制のような感じで、執政者ではないけれど、国をまとめ、人々に道を示すような存在のように思えた。

みんな同じ形の心をしているのに、なんで女と男なんかに分けなければならないのだろう。

<島>の政はノロが担っているので、いまの日本(おじさん政治家割合が高い)とは真逆。ただ、ノロは政治家ではないので、単純に逆とはいえないかもしれない、そんな感じ。それゆえ、この話の結末を知っても「現代社会への皮肉」とまでは感じず、問題提起されたなと思うにとどまった(いい意味で)。

そして、主人公が元住んでいた場所はどこなのか、という点については、おそらく海の向こうにある別の島。さらに、おそらくはノロによって治められている<島>の貿易相手で、社会制度や偏見・差別が云十年前から全く変わっていない工業国。個人的には、今の日本ぽくもあり、国共内戦時の中華民国ぽくもあるなあと感じた。また、<島>からこの工業国を客観的に見つめる=日本を客観的に捉えることができるように思った。

この2つの疑問の答えがわかったとき、この<島>の住人はノロノロ以外に分けられることに気付く。両者の間には、とんでもない情報の非対称性があり、おそらく世界が全く違ったものに見えている(だからこそ、ノロが醸し出すオーラは独特になり、一般の住民の尊敬を集めるのかもしれない)。

ノロたちは〈島〉の人々から男女問わず十全な信頼を寄せられているのに、自分たちノロは〈島〉の男を信用していない

職業の違いでも、性別の違いでもなく、この島の本当の立場を知る者と知らざる者の二者に分けられる。後者はまさに「知らぬが仏」のゆとりの中で生きているように思えた。

彼岸花」は本当に彼岸花か?

この<島>にはたくさんの「彼岸花」が咲いている。だが、読み進めると、この花はおそらく本当は彼岸花ではない別の花のように思われる。

正しいやり方で採り、適切に加工した彼岸花は、人間が一度摂取すれば、絶えず欲しがるようになるんだ。

この「絶えず欲しがるようになる」という効果は、まるで麻薬のようだが、普通の彼岸花では聞いたことがない。彼岸花の球根に毒があるという話は聞いたことがある(たぶんおじいちゃんに注意された)が、どちらかというと中毒性よりは、食べると死んじゃうから触るな、というものだった気がする(死んでしまったら、「絶えず欲しがる」状態にはならない)。

(参考)

www.aoyamahanamohonten.jp

彼岸花を使ってみたらどうですか?」宇実は緊張しながら提案した。「麻酔効果があるから、痛みも和らぐと思います」
ノロノロたちは無言のまま、暫く宇実を見つめた。何かまずいことを言ったのかと宇実は心配になった。
ややあって、大ノロが口を開いた。 「そうだね、彼岸花に麻酔効果があるってのを知っているのは利口なお前さんだけだ。そう思ってんのかね?」
皮肉たっぷりの口調で大ノロは言った。

しかも、彼岸花の管理はノロたちにまかされていて、島の住民に対して彼岸花は使わない。上述のページを読んだときには気付かなかったが、おそらく「絶えず欲しがるように」なってしまうから、住民には使わないのだろうと思った(さらにいえば、本物の「彼岸花」には麻酔作用はおそらくない…)。

余談だが、花で麻酔をかけて手術をした話としては、以下の事例が有名。

www.terumo.co.jp

彼岸花は「絶えず欲しがるようになる」もので、自分たちの住人には使用しない。さらに、大ノロはこの「彼岸花」を求めて別の島の人がやってくるので、「彼岸花」の加工品と、かれらがもってくる商品(工業製品?)を貿易しているとのこと。なんだかアヘン戦争を思い出してしまった(商品は違うけれど)。

おわりに

まとまらない読書感想文になってしまったが、印象に残ったことを箇条書きにすると以下のとおり。

  • 知らないが故の平和もある。そして、そのなかにいるうちは、知ったが故の苦悩も、そもそも「知らない世界がある」ことも知らずに一生を終える。
  • <島>は歴史的事情により、女性が統治をおこなうこととなった。男女平等に真実を知る権利を与えるのは、少なくとも<島>から性別による職業選択の不自由がなくなるという意味ではメリットになるかもしれない。しかし、その結果社会にもたらされるものは平和とは限らず、もしかすると闘争かもしれないという難しさがある(一応言っておくと、この点、日本の男女格差とは全く事情が異なる。自分は、いまの日本の男性優位社会をいいとは思っておらず、男女(というか性的マイノリティもふくめて)そんなの気にする必要がない世界になればいいのにと思っている)。

ちなみに、物語の最後で、主人公たちはある決断を下すのだが、その後その<島>の社会がどのように変化したかについては書かれておらず、その後が気になるところである。