先日、金門に旅行に出かけた際、台湾好行というバスを使って観光をした。
金門には台湾好行の複数のルートが運行されており、今回はそのうち「D線」と言われるツアーのレポをしていきたい。
D 榕園太湖線の概要
D線は、午後に山外バスターミナルを発着するツアーで、戦争の歴史や、閔南建築の集落、金門最大の洋館などをめぐる。
通過する観光スポット
八二三戦史館
写真付きかつ時系列で八二三砲戦(第二次台湾海峡危機の最初期かつ最も状況が危機的だったとき)の解説がされているので、いまいちこの辺の出来事がわからんという人はぜひ寄るべき場所。あれだけの砲弾撃ち込まれてよく持ち堪えたなあと思っていたが、武器の数だけでなくて、それを使う環境だったり、要塞の作りも重要なんだなということが理解できた。
博物館自体は思っていたよりもコンパクトで、1時間くらいガイドさんに解説してもらって(と言っても聞き取れないところ多すぎて途中で諦めて解説読んでた)周り切るという感じ。
台湾好行バスツアーのA線で民間防衛トンネルの中をくぐるとわかるのだが、あの中で生活をするとなると、物理的にも、精神的にも大変だろうなと思う。「大変」というひとつの形容して片付けてしまうのがはばかられるほどである。
特約茶室展示館
教養浅く、平和ボケしている自分は、最初ここを本当にお茶を売っている場所だと思っていた。しかし、ここは、「茶屋あれど茶は売らず」といわれる吉原のような場所。
金門には多くの兵士が駐留していた一方で、彼らの結婚には厳しい制限がかかっており、そうした状況で兵士に性的サービスを提供する場所が「茶屋」だった。一応書いておくと、これは金門に限ったものではなく、他の離島にあったものらしい。
部屋の入り口に番号がふられており、中に入るとベッドと洗面所があった。
戦争がおわり、当時の兵士が恒例になったこちゃ、兵士を取り巻く社会環境や制度が変化したことで、こうした歴史は風化しつつあるそう。兵士の名前は歴史や碑に残るけれど、ここで仕事をしていた女性の名前は(本人が望まない可能性もあり)残ることなく、歴史事消えるかもしれない、と解説があった。実際、自分も知らなかったわけだし。
そうした意味では、このように展示館としてわかりやすく残しておくことは、現代人に向けて意義があることなのかもしれない。
瓊林聚落
閩南建築が残る集落。一部は民宿になっているほか、金門でいちばん人気のある風獅爺もここにある。
陳景蘭洋樓
金門最大規模の洋館。1921年に、シンガポールの華僑の方が建てたもの。当時、金門は華僑が貿易などを東南アジアで展開する起点だったようで、こうした洋館が意外と多い。1949年以降は戦争とともに用途が変化し、病院や学校、兵士が休暇を過ごす場所として使われたそう。
感想
金門を理解するには外せない八二三砲戦について勉強できるだけでなく、その裏で歴史から姿が消えかけている茶屋や、戦争以前の華僑の故郷としての金門を、建築を通してみることができるツアーだった。
展示の解説は中文か英文なため、どちらも苦手という場合にはある程度の予習または日本語ガイドブックを持参した方がいいかもしれない。ただ、そうしたひと手間をかけてでも理解するべき見どころが多いツアーだと感じた。
金門にお越しの際はぜひ。
おまけ
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